ウェブサイト「環」

平成17年11月18日 第166号
九州経済産業局広報・情報システム室


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■九州経済産業局幹部雑感

  九州は携帯カイロの故郷 (補注1)

地域経済部長 内藤 理(ないとう おさむ)


木枯らしが吹き始め、カイロが恋しい季節になってきましたが、12月1日は、「カイロの日」です。
今日、カイロと言えば、ホカロン等の携帯カイロ(使い捨てカイロ)を頭に浮かべる方がほとんどだと思いますが、日本カイロ工業会(加盟23社うちメーカー18社)の統計によれば、2004年度の携帯カイロの総実売数量は、14億6,383万枚にのぼります。

 携帯カイロの歴史は、1978年初に登場した携帯用(使い捨て)マジックカイロ「ホカロン」に始まると一般に言われています。このホカロンの開発者は、田浦照親さん(補注2)という方で、極めて綿密な研究ノートを残しています。1977年6月3日、三菱瓦斯化学(株)の子会社である日本純水素(株)(現・日本パイオニクス(株))の平塚工場の副工場長を務めていた田浦氏のところに、「アッタカサン」なる商品2個が日本純水素(株)の本社から持ち込まれ、その分析が行われました。そもそものきっかけは、腰痛持ちの同社の役員が腰を温めると楽になるということで、本郷(補注3)の医科学機器屋でアッタカサンを見つけてきて、役員会の雑談のネタにしたことだそうです。
そして、田浦氏を中心として、同種製品「温熱袋」の開発が発案され、7月には早くも最初の試作品が完成しました。しかし、同社では、一般消費財を販売することに抵抗感が強く、ロッテ電子工業(株)の販売協力を仰ぐことになりました。故・山本敏夫さんの率いるロ社のチームは、定価を100円まで下げることを強く主張しました。その結果、9月末には、外袋を工夫することで鉄粉と助剤(水、食塩、活性炭、バーミキュライト、木粉等)を一緒に内袋に入れて、充填時間を短縮してコストダウンを図った試作品が完成しました。また、ネーミングや宣伝方法等は、ロ社に一任され、薬局、薬店ルートで販売することになり、初年度に50万枚を売り上げることになりました。

 それでは、ホカロンの原型となったアッタカサンとは、どんな製品だったのでしょうか。
アッタカサンは、旭化成工業(株)(現・旭化成(株))の大分(坂ノ市)工場の製品で、定価300円で1975年11月に登場しました。
このアッタカサンにも原型となった製品がありました。米陸軍が野営する際に使っていた「フットウォーマー」です。約500ccもの粉末が入った布製の袋に杯1パイ程度の水を入れると、激しい発熱反応が30分程度続き、水が蒸発すると反応が止まり、翌日も利用できるというものでした。そして、ホカロンからアッタカサンさらにフットウォーマーと繋がる技術の連鎖は、米海軍の特許に行き着くとのことです。(どなたか詳細を御存知の方がいれば、教えていただけませんでしょうか?)

 このフットウォーマーを基に新規事業を考えようと言うことで、1972年、同社の坂ノ市工場で推進薬の研究をしていた山下巌さんと延岡工場の新入社員であった児玉多朗さんが別々に分析を開始しました。その結果、児玉氏により、内容物は、鉄粉と助剤(過硫酸カリウム、バーミキュライト)であることが判明しました。また、山下氏により、過硫酸カリウムの代わりに硫酸カリウムや食塩を採用すると発熱反応が緩やかになることも分かりました。そして、山下氏がサブテーマの研究として、ほとんど予算を掛けないで商品化に取り組むことになりました。完成したアッタカサンは、内袋をピンで押さえて2つに分け、そこに鉄粉と助剤を別々に入れ、使用する際にはピンを外して混合し、発熱させるものでした。また、根幹を成す工業所有権は、1974年8月7日に出願された実用新案「発熱性保温袋」(補注4)で、内袋の包材に不織布を用いるというものでした。
ワンタッチで1日ポカポカ「アッタカサン」というキャッチフレーズで、主に鍼灸師ルートで販売され、徐々に販売額を伸ばしていきました。また、俳優の故・田宮二郎さんや故・伴淳三郎さんがロケ地で愛用するなど、知名度も高まっていきました。しかし、1979年初、累計67,400個を販売したところで、同社は、突然、アッタカサンの製造・販売を打ち切ってしまいます (補注5)。同社にとって、一般消費財を販売することは、よろしくないという判断が働いたようです。その後、同社は、ホカロン等の携帯カイロメーカーに同社の不織布「スパンボンド」を独占的に供給することで、大きな利益を挙げていきます。今風に言うと、スマイルカーブの左端(高度部材)で稼ぐビジネスモデルに転換したということになります。

 さて、田浦氏も山下氏も表彰を受けることなく、その功績は世間に全く知られていません。(田浦氏は、ホカロン以前に別の技術で科学技術功労者表彰や全国発明表彰を受けています。)それでも山下氏は、息が白くなる冬の朝、携帯カイロを手にして登校する小学生達とすれ違うと、自分の研究成果が社会に貢献できたことを誇らしく思い、幸せを感じるそうです。

 最後に、ちょっとした生活の知恵を御紹介しましょう。使いかけの携帯カイロは、冷蔵庫に入れて冷やすと、発熱反応が止まり、保存できます。また、使い終わった携帯カイロは、冷蔵庫の脱臭剤として利用することもできます。

 補注1 : この題名から、旭化成工業(株)(現・旭化成(株)の
       アッタカサンが九州のみで販売されていたと
       誤解している事例が見受けられるが、
       アッタカサンは大分(坂ノ市)工場で製造され、
       日本全国で販売されていた。(補注3及び補注5)

 補注2 : 田浦照親氏の業績
       昭和44年科学技術功労者表彰(科学技術長官賞)
        「パラジウム合金膜による超高純度水素生成装置の開発」
       昭和48年全国発明表彰(弁理士会会長賞)
       「畳表状水素透過膜の製造方法」
       ホカロンの発明(実用新案)
         実願昭52-140547「温熱袋」,
        考案者 : 田浦照親,戸室美智男

 補注3 : 東京都文京区の地名。

 補注4 : 実願昭49-93668, 考案者 : 山下巌、飛高幹生
       この他に、特願昭47-121154「発熱用組成物」,
       発明者 : 児玉多朗などの工業所有権がある。

 補注5 : 片岡金吉: "開発千夜一夜 −旭化成で育った開発バカ − ",
       開発社,1986年11月10日